初めて立った津波被災地

群馬県立女子大学三年の早坂美里です。

インターン五日目の今日は、宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)を訪れました。







海沿いにあるこの地域は、震災で津波の大きな被害を受けました。



私たちインターン生を案内してくださったのは、閖上にあった蒲鉾店「ささ圭」の女将さん、佐々木靖子さん。







靖子さんは初めてこの地を訪れた私たちにも分かりやすく、震災当日の様子や閖上地区の現状についてお話してくださいました。



現在の閖上は、震災直後は膨大にあったというがれきもほぼ撤去され、今は平坦な土地が広がっています。

しかし、ここには震災前、たくさんの住宅があり、人々の営みがあったのです。そう思うと、胸が苦しくなりました。







津波に襲われた閖上小学校と閖上中学校も案内してくださいました。痛々しい姿をさらす校舎を目の前にして、私自身言葉を失ってしまいました。



一瞬で失われてしまった無数の命。残された人も、忘れることのできない記憶の中で苦しんでいます。



当事者ではない私たちは、口では簡単に「前向きに進め!」「がんばれ!」と言えますが、被災した方にとってそれがいかに困難なことか、

被災地に立って少し感じとれた気がします。



私たちにはいったい何ができるのか─。自分なりにあらためて考えなおしました。

浅はかな結論かもしれませんが、今日時点での自分の思いは、「まずはこの事実を伝える」です。







例えば、震災から一年半近くたっても、多くの思い出の品が所有者のもとに帰せぬまま残っていることや、被災した方々が世の中から震災の記憶が消えてしまうことをとても恐れていることなど、今なお多くの課題や問題があることを伝えることから始めたいです。



最後にささ圭さんの店舗にお邪魔し、社長の圭亮さんからもお話を伺いました。







ささ圭さんは、津波によって工場も店舗も、さらに自宅までも失ってしまいました。それでも廃業の危機を乗り越えて、現在は内陸にあって津波被害は免れた店舗の一角で生産を再開し、新工場の建設も進めています。



現在の生産スタイルは、昔ながらの手作り一本。練ったり焼いたりというすべての行程を人の手で行っています。







その場で私たちもできたてのささ蒲鉾をごちそうになりました。一斉に挙がった声は「おいしい!」「うまい!」。魚介の風味が口いっぱいに広がる焼きたての蒲鉾に、おもわず笑顔がこぼれました。



9月中旬には震災前と同様の生産規模を誇る新工場が動き出すこともあり、靖子さんは笑顔で「蒲鉾は希望です」とおっしゃっていました。

その希望を忘れずに前を向く姿に、私たちが元気をいただきました。



私たちは今日、大切な人を失った人の悲しみに触れました。多くのものを失いながら、「このまま終わらせるわけにはいかない」という意地のような言葉も聞きました。



いまあらためて「今日感じたことを絶対に忘れてはならない」と思うと同時に、「私たちの世代がこの事実を次代へ伝えていく役割を担っている」ということを再確認しました。



明日からも気を引き締めて被災地に向き合いたいと思います。
--------

河北新報社 記者と駆けるインターン

2012年夏にスタートした、大学生向けの記者体験プログラム。 東日本大震災の被災地で、人に会って話を聞き、大事なポイントを見つけ、限られた字数で記事にする―。 そうした体験は、ジャーナリスト志望者のみならず、どんな職種職業にもつながる「生きる力」を養います。 このブログでは、学生の活動成果である記事と、活動中の日々の様子などを随時発信していきます。 募集告知もこちらで行います。

0コメント

  • 1000 / 1000