日々は続く
被災地での就労体験を通して、修了生が被災地の復興を担う人材となることを目指す「みちのく復興インターンシップ」。その一環として、河北新報社で21日間駆け抜けました。
インターンの全日程が終わったのは3月10日。あれから、はや一週間になろうとしています。
3月11日は、東日本大震災の発生からちょうど2年の節目でした。
宮城県山元町で灯篭の追悼式典があり、参加しました。
主催は、山元町おてら災害ボランティアセンター(テラセン)。
竹灯篭に火を灯しながら、節目の日に想いを馳せようと山元町へ向かいました。
現地に着くと、何故か装備を確認されました。防寒着はどうか、マスクはあるか、クツは長靴か…。
前々日から突風が吹き荒れ、海岸や田んぼから巻き上げられた細かい砂が、家の前や路地を黄色く染めてしまっていたのでした。
去年まではこんな事はなかったそうです。
震災で流された防風林はそのままで、田んぼに水はなく、乾燥した土が住宅を襲うのを遮るものはありませんでした。津波被害の瓦礫撤去が人力を離れて久しく、人海戦術のボランティアは減少傾向にあると思います。しかし、被災地では以前ならあり得なかった問題に見舞われ、急に人手が必要になるケースが、それも突発的に起こるとも限らないと思い知りました。
活動を一通り終えると、私はテラセンの拠点でもある普門寺へ移動し、14時46分を黙祷で迎え、焼香しました。
それからは竹灯篭、会場設営の準備。
突風にキャンドルの灯が消されぬようテントを張ったり、スタッフの足りない箇所で点火の手伝いをしたりと、目まぐるしく活動しているうちに日は沈んでいきました。
暗くなると灯した明かりが一つ一つ、竹の中で揺らめきます。
強風にも負けずに”祈り”の文字を作る竹灯篭。
会場近くの住民の方たちが足を運んでくださり、感謝の言葉をいただくと寒さも忘れていました。
3月11日は日本のいたるところでイベントが行われました。
遠く離れた場所でも、その日、その時間東北のことを想っていただけるのは嬉しくなります。
日々を生きるのは、そもそもとても大変なことです。
それは震災が起こる前から、変わらないことです。
明日がどうなるか分からない、そんな不安は尽きません。
インターンが終わった私も日々過ぎていく時間に忙殺されてますが、どんな日だろうと地に足を付けて踏みしめていきたいと思います。
開沼 達也@東北学院大学卒
インターンの全日程が終わったのは3月10日。あれから、はや一週間になろうとしています。
3月11日は、東日本大震災の発生からちょうど2年の節目でした。
宮城県山元町で灯篭の追悼式典があり、参加しました。
主催は、山元町おてら災害ボランティアセンター(テラセン)。
竹灯篭に火を灯しながら、節目の日に想いを馳せようと山元町へ向かいました。
現地に着くと、何故か装備を確認されました。防寒着はどうか、マスクはあるか、クツは長靴か…。
前々日から突風が吹き荒れ、海岸や田んぼから巻き上げられた細かい砂が、家の前や路地を黄色く染めてしまっていたのでした。
去年まではこんな事はなかったそうです。
震災で流された防風林はそのままで、田んぼに水はなく、乾燥した土が住宅を襲うのを遮るものはありませんでした。津波被害の瓦礫撤去が人力を離れて久しく、人海戦術のボランティアは減少傾向にあると思います。しかし、被災地では以前ならあり得なかった問題に見舞われ、急に人手が必要になるケースが、それも突発的に起こるとも限らないと思い知りました。
活動を一通り終えると、私はテラセンの拠点でもある普門寺へ移動し、14時46分を黙祷で迎え、焼香しました。
それからは竹灯篭、会場設営の準備。
突風にキャンドルの灯が消されぬようテントを張ったり、スタッフの足りない箇所で点火の手伝いをしたりと、目まぐるしく活動しているうちに日は沈んでいきました。
暗くなると灯した明かりが一つ一つ、竹の中で揺らめきます。
強風にも負けずに”祈り”の文字を作る竹灯篭。
会場近くの住民の方たちが足を運んでくださり、感謝の言葉をいただくと寒さも忘れていました。
3月11日は日本のいたるところでイベントが行われました。
遠く離れた場所でも、その日、その時間東北のことを想っていただけるのは嬉しくなります。
日々を生きるのは、そもそもとても大変なことです。
それは震災が起こる前から、変わらないことです。
明日がどうなるか分からない、そんな不安は尽きません。
インターンが終わった私も日々過ぎていく時間に忙殺されてますが、どんな日だろうと地に足を付けて踏みしめていきたいと思います。
開沼 達也@東北学院大学卒
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