介護士から漆塗り職人へ 明治大3年 若井琢水

仙台市青葉区の長谷部漆工は、創業150年の漆塗り工房だ。


3年前に弟子入りした杉山智一さん(37)は、漆がこびり付いた作業着姿で、ボロボロになった仙台箪笥と向き合っていた。     


 


「人生を一からやり直すチャンスだと思った」。


東日本大震災の翌年8月、漆塗り職人の求人を見つけ、迷わず応募した。10年以上勤めていた介護の仕事に疲れていた。昔から絵やモノ作りが趣味で、職人に憧れを持っていた。心機一転、やりたいことをやって生きたかった。


飛び込んだ先で待っていたのは、震災で津波を被った仙台箪笥の修理だった。泥にまみれ、異臭を放つ箪笥を見た時、衝撃を受けた。仙台市内に住んでいたが、津波の被害を初めて肌で感じた。杉山さんは「僕なんかが直せるのか、不安でした」と振り返る。


最初は苦労の連続だった。「何よりも経験だ」と言われ、いきなり漆塗りを任された。失敗して、何度も塗り直した。漆かぶれで、肌が赤く腫れた。「それでも辞めようとは思いませんでした」。仕事に夢中だった。たった一人の兄弟子に、付きっきりで指導してもらった。


 



【工房で、これまでの歩みを振り返る杉山さん】 


ぬるま湯で汚れを落とす。漆を塗って、乾燥させ、磨く。根気のいる作業を丹念に繰り返す。日が経つにつれて、ボロボロだった表面が輝きを取り戻し始めた。全ての修復が完了したのは、2013年になってからだった。


持ち主であるおばあさんの自宅まで届けに行った。「待ってたよ」「ありがとう」。顔をくしゃくしゃにして喜ぶおばあさんを見て、思い出の品を返すことができた喜びを噛みしめた。職人になって良かったと、心の底から思った。


弟子入りしてから3年が経ち、簡単な細工の箪笥作りなら一人でできるようになった。だが、「まだまだ未熟者です。追求し続けられることがうれしいですね」と、常に向上心を忘れない。


使う人それぞれの思いが込められた仙台箪笥。思い出を、伝統の技でつないでいく。若い漆塗り職人は、修理した箪笥に静かに手をかけた。


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河北新報社 記者と駆けるインターン

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