かばん職人の流儀 信州大3年 小林凜太郎
足を踏み入れると漂う革の香り。壁一面にリュックサックやショルダーバッグがかけられ、7畳ほどの店内は窮屈だ。眼光鋭く作業台に向かっていた菅井光男さん(85)は、目が合うと柔和な笑顔に変わった。
仙台市青葉区大町の「菅井光男カバン店」は創業147年。四代目店主の菅井さんは70年間かばんの制作と修理に携わってきた。
手作業を忠実に守り続けている。機械化による合理性はあえて求めない。素材は自分の目でとことん確かめる。「生地に傷がないか」と、自ら東京・上野まで買い付けに行くこともしばしばだ。
この日は愛媛県からの注文で、今ではすっかり珍しくなった車掌かばんを制作していた。「作り続けて数十年になる」と言う。工程が多く面倒な割に注文も少ないため、手掛ける職人はめっきり少なくなった。「注文があれば断わらないさ」と表情を変えずに、淡々と語る。
外装にきめが細かくしっとりとした牛革を用い、内装を軽く柔らかい豚革で仕立てた。使う糸は丈夫で高価な麻糸。革にはふのりを塗布し、けば立ちを防ぐ。革の切れ端をかんなで丁寧に削り、留口を固定する。完成に2日。本来は業務用だが、武骨さを感じさせるレトロなデザインに魅かれ、ファッションとして買い求める女性もいるという。
自分が制作したかばんを「一生物」と評する。丈夫さを念頭にかばんを制作するのは、戦中、戦後の物資が慢性的に不足していた時代を経験してきたからだ。「当時は物が壊れたら、直し直し使ったもんだよ。今は修理より買いかえの時代。良い物を長く使ってほしいねえ」。顔にさびしさがにじんだ。
後継者はいない。菅井さんの腕を見込んで、今でも全国から制作や修理の依頼が舞い込むが、そんな熟練の技術は次の世代には引き継がれない。
「もう手作業じゃ食ってけない時代だから。それでもやりがいがあるからね。おれは死ぬまでやるよ」
とつとつと話す口ぶりが、そこだけ止まらなくなった。
【70年間かばんと向き合ってきた菅井さんのモットーは「丈夫に作ること」】
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