守り続ける 地域の味 明治大2年 須川 拓海
こんがりときつね色に揚がったコロッケを頬張る。客の顔がパッと明るくなり、小さな店の前に笑顔がはじける。「いつもありがとね」。スキンヘッドの店主の声が弾む。70年続く仙台市青葉区の仙台朝市で、齋藤惣菜店を営む齋藤達也さん(30)。「ころっけや」の看板を掲げる。店の一番人気は、じゃがいもの甘味が広がる「じゃがじゃがころっけ」だ。毎日約1500個を売る。祖父と父の3代にわたって58年間作り続けてきた。
「朝市で生きる者として、食材はなるべく朝市で仕入れろ」。創業者で祖父の遺言を胸に刻む。コロッケの出来を決めるじゃがいもも、味を引き立てるたまねぎも、サクサクな食感を生み出すパン粉も、どれも朝市で手に入れる。じゃがいもの味や香りは日によって変わる。違いを感じ取り、調味料のさじ加減で「いつもの味」に仕上げる。「『変わらないね』って言われるために変えてるんですよ」。朝市のつながりと店主の腕で、世代を超えた味を貫いてきた。
半世紀の歴史の中で一度だけ、伝統の味が途切れた時期があった。2011年3月、東日本大震災が街を襲った。設備に大きな被害はなかったが、ガスが断たれた。油を熱することができなければ、コロッケは揚げられない。生鮮食品を扱う朝市の他店は次々と営業を再開する中、材料はあっても、店の掃除だけに明け暮れる苦悶の日々が続いた。一か月後、ようやくガスが通り、すぐさまコロッケを揚げた。店頭に並べた瞬間、「待ってたよ」。涙ぐみながら頬張る常連客の姿に、もらい泣きしそうになった。
近くに住む主婦の小野玲子さん(60)も店の再開を待ち望んだ一人だ。「食べるだけでホッと一息つけた」。慌ただしい生活が続く中で「いつもの味」を口にすると、災禍にあっても心安らぐ「日常」を感じ取ることができた。
ジュワッ。店先に油がはじける小気味よい音が響いた。齋藤さんは今日もまた、コロッケで街に安らぎを届ける。
揚げたてのコロッケを笑顔で手渡す齋藤達也さん(30)
「味を守ることは自己満足」と笑うが客にとっても大切な味だ
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