職人の技で、期待に応える 明治学院大3年 亀山美波
白壁に「琴三弦」の文字が映える。店に入ると壁の棚には三味線が並び、手前には琴が立て掛けられている。仙台市青葉区北目町の熊谷楽器店は、1925年から続く邦楽器店だ。
母の熊谷喜美子さん(78)は客を温かく出迎える。息子の直樹さん(50)が楽器の製造・修理にあたり、妻の智子さん(50)は事務仕事をこなすかたわら喜美子さんと共に接客する。親子3人で店を営む。
プロの邦楽器奏者や趣味で演奏する人、大学のサークル団体や習い事を始めたばかりの子ども。さまざまな人が店を訪れる。
直樹さんは客にとっての楽器の存在意義を知ったうえで修理や製造の依頼に応える。どのような曲を弾くのか、どのような強さで弾くのかなど、いくつもの要素が音色に影響する。客の好みや要望に合わせて弦を調律し、楽器本体にも変化を加える。
職人気質で口数が少ない直樹さんに代わって女性2人が客と世間話をしながら楽器にまつわる話を引き出す。
東日本大震災で、店は半壊した。1週間後に営業を再開したものの、客が来ない日が続いた。
半年後、石巻市の女性から津波で流された琴を直してほしいと依頼があった。現地に行くと、琴は土砂にまみれた状態で見つかった。これまで扱ったことのないほど損傷していた。金具はさびて、胴の中にまで泥が入り込んでいた。「どこまで元の音色を取り戻せるのか」。不安だった。それでも、自分を頼ってくれる客を裏切りたくないと修理に挑んだ。
作業中、店には楽器の状態を心配する女性から何度も電話がかかってきた。「大丈夫です。絶対に直ります」と智子さんは伝えた。長丁場になると見込んでいた修理を2週間で終えた。女性の家族を介して琴を返すと、感謝を告げる電話があった。女性は涙を流していた。「演奏する人にとって、琴は特別な存在。分身みたいなもの」と智子さんは語る。
先代からの常連客に支えられている。信頼に応えるため目の前の仕事一つひとつに「丁寧に。誠実に」向き合っていく。
【邦楽器の調律を行う熊谷直樹さん(中央)、それを見守る喜美子さん(左)と智子さん(右)】
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