手にやどる生きざま 東北大3年 野間早百合

     


 仙台市青葉区北目町の熊谷楽器店。赤いひさしをくぐり、ガラス戸を滑らせて、客がやってくる。一段高くなった座敷の奥に、修理中の琴が2面。ショーケースの中には、中古や新しい琴が並ぶ。エプロン姿で正座して出迎えるのが、職人の熊谷直樹さん(50)だ。琴や三味線の修理、製造を行う。1925年に祖父信直さんが創業した店を、三代目として守っている。


 時に車を出し、営業に向かう。2011年東日本大震災が起きたときは、青葉区中山から帰る途中だった。急いで店に戻ると、楽器は散乱し、戸や壁には大きなひび割れができていた。客足は遠のき、店を閉める可能性も考えた。自身も不安な生活のなか、石巻市に住むなじみの女性客から依頼が舞い込んだ。二階まで津波に飲まれた住居から、琴を探し出して直してほしいというものだった。恐怖で自宅に戻ることができない女性の代わりに現地に行くと、土砂の中から胴体の一部が覗いていた。抱え上げ、手のひらで泥をぬぐった。かつて扱ったことがないほどの損傷具合。「直せるか分からないけどやってみよう」。客の信頼に応えたい一心だった。


 こびりついた泥を洗い流し、完全に乾燥させるのに数日。弦の張り替えや留め金具の交換には細心の注意を払った。「本当に直るでしょうか」。修理中、女性から何度も不安の電話がかかってきた。早く安心させるために、長丁場になると見込んだ工程を2週間で終わらせた。家族を通じて返却すると、女性から電話が来た。「ありがとう、ありがとう」。繰り返される感謝の言葉に、「楽器は持ち主の分身、大切なものなんだ」と改めて実感した。


 話しながら太ももに置いた手は、ごつごつと厚みがある。22歳で修業を始めて以来、楽器を直し続けてきた。始めたばかりのころは、絹糸の弦でよく指を切ったという。「次第に皮が硬くなって、怪我しなくなるんですよ」。手が丈夫になっていく過程は、多くの客に出会い、技が上達する道のりでもあった。客の信頼に応えるほど、直樹さんの手は、硬く分厚くなっていく。



 


【手のひらを見せて笑う熊谷直樹さ


ん(50)】


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河北新報社 記者と駆けるインターン

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