琴と人を通じて 東北学院大2年 三澤奈穗

ビル街で一際目立つ瓦屋根の店がある。壁には「琴三絃(げん)」の文字が書かれている。仙台市青葉区北目町にある熊谷楽器店だ。


 琴や三味線を中心に邦楽器の製造販売や修理を行う。創業は1925年で、3代目の熊谷直樹さん(50)と母、妻の親子3人で店を切り盛りしている。


 直樹さんが店を継ごうと決意したのは、大学2年の時、父が急逝したのがきっかけだった。祖父の代から続く店をつぶしたくないと、卒業後は東京で職人としての修業を積み、25歳で店に戻った。


 修理する際、客好みの音色が出ることを心がける。どの曲を、どれぐらいの強さでひくのか。母と妻が接客しながら弾き方の好みを聞き出す。直樹さんは情報をたよりに弦の張り方を変え、一人一人に合わせた音を引き出す。琴の弦をはじく力が弱い客には、弾きやすいように弦の張りを甘くする。客の「音がいい」という賛辞が、何物にも代えがたいやりがいだ。


東日本大震災の発生から半年後、石巻市で被災した女性から琴の修理依頼があった。落ち着かない生活の中、琴を心の中のより所としていた依頼者。職人として応えることは当たり前と思い快諾した。


現地に足を運ぶと、琴は依頼者の自宅そばから泥にまみれた状態で見つかった。これまで類を見ないほど損傷していた。


店に持ち帰って琴と向き合った。泥を洗い流し、本体を乾かした。さびた金具を交換し、調律し直した。楽器の状態を心配した依頼者から何度も電話があった。妻が「大丈夫です、絶対に直ります」といたわった。


見た目も音色もほぼ震災前の状態になった。琴を受け取った女性から電話があった。涙ながらに感謝の言葉を伝えられた。楽器は持ち主の分身であり、大切な存在だと3人は改めて感じた。


「丁寧に。誠実に」がモットーだ。客の気持ちに寄り添いながら、これからも依頼の一つひとつと向き合っていく。



【この道25年、幾多の楽器を生み出し、直してきた直樹さん。その手で、客が求める「いい音」を作り出してきた。】


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河北新報社 記者と駆けるインターン

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