OKIRAKU DINING 伽羅(仙台市青葉区)家庭料理で幸せ届ける 東京大修士1年 石沢成美

 木目調の扉を開けると、カウンターの奥から「こんばんは」と明るい声が響く。仙台市青葉区一番町の居酒屋「OKIRAKU DINING 伽羅(きゃら)」の店主阿部由美さん(53)。レトロな雰囲気の壱弐参(いろは)横丁で、8席だけの店を切り盛りする。

 看板メニューは三陸産の海鮮と家庭料理。おにぎり、カレーライスなど客から頼まれれば何でも作る。常連には単身赴任のサラリーマンが多い。「今日は寒いから、あの人に温かいおでんを作ってあげよう」。メニューを考えるときは、常連客の顔が頭に浮かぶ。

 家庭的な雰囲気が売りの居酒屋を始めたきっかけは、東日本大震災だった。娘たちの就職を機に25年暮らした東京から宮城に戻った矢先に見舞われた。

 生まれ故郷の南三陸町は津波で壊滅的な被害を受けた。多くの友人や幼なじみが犠牲になった。電気は1カ月以上使えず、一つの家に親戚14人が身を寄せ合って暮らした。「当たり前の日常が、実は幸せだったんだ」。自由に笑うことさえはばかられる空気の中、毎日を生きるだけで必死だった。

 「残された時間を大事にしなきゃ」。ありふれた日常の対極にあった震災経験は、「得意の料理を生かして飲食店をやりたい」という長年の夢を実現へと突き動かした。2014年、人が集まる仙台で伽羅を開店。店名の一字に「人が加わる」という意味を込めた。「お客さんのつながりを広げ、みんなで笑って明日を迎えたい」と願う。

 開業して4年半。震災から時間がたつにつれ、当たり前の日常への感謝が風化しつつあると感じる。「一日一日を大切に生きることは忘れてはいけない」。平凡に見える日々の幸せをかみしめながら厨房に立つ。

 家庭の味を求める人で、狭い店内はすぐ満席になる。職業も年齢も違う人々がグラスを交わす。「いろんな店に行くけれど、結局ここに落ち着くんだ」と常連客の一人が笑う。

 「また来てね」。阿部さんは今日も、上機嫌に帰る客の背中を見送る。

「今日はカツオと本マグロだよ」。自慢の刺身を常連客に手渡す阿部さん

河北新報社 記者と駆けるインターン

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