【C班原稿】ささ圭(名取市)笹かまで閖上に笑顔を

同志社大3年  武井七海

上智大2年   伊政百華

明治大2年   都築優太

東北学院大2年 波多野里南


 「いかがですか」。店先で、ようじに刺したかまぼこを差し出す。手を伸ばす客。広がった「おいしい」の輪の中で、佐々木堯(ぎょう)さん(26)は顔をほころばせた。

 名取市のかまぼこ店「ささ圭」の3代目。東日本大震災の津波で壊滅した故郷・同市閖上への思いを胸に、現場に立つ。

 看板商品は、1966年の創業当時の味を再現した手作り笹かまだ。すり身を笹形の型で整えて焼き上げた逸品は、地元を代表する土産として人気が高い。

 祖父、父と継いで半世紀余りの時を刻んだ老舗。「後継」の既定路線は、東日本大震災で一変した。

 当時は東京の大学に通う1年生。大津波で、閖上の実家も工場も、街ごと流されるのを都心の街頭テレビで見た。「もう駄目だと思った」

 1カ月後、何も考えられないまま閖上に帰ると、家業は廃業寸前だった。父は会社、工場の再建に動くも、不安が勝った。大学3年の時、他社に入ることも視野に就職活動を始めた。

 苦しい家業を支えようと学業の傍ら、内陸部で再開した店に立った。すると、常連客らが「待ってたよ」「再開してくれてありがとう」と言うのを聞いた。

 時がたつほど心に響き、「ささ圭は閖上の一部」と気付かされた。「継いで当然」だった姿勢は、「継がせてください」に変わった。閖上では今、土地を5メートルかさ上げし、新たな街づくりが進む。戻った住民は1000人足らず。震災前の5500人には遠く及ばない。街づくりはまだ道半ば。集客の見通しも未知数だ。

 それでも「閖上に」との思いで、来年5月に閖上に完成する新しい商業施設への出店を決めた。「閖上復帰」をつかの間で終わらせまいと、海外に販路を広げて経営強化にも努める。

 「自分も閖上の人も、やっと戻れるのはホッとする。でも先の見えない不安も大きい。だからこそ『閖上のささ圭』に帰って、みんなが寄り添える存在になりたい」。震災から7年半。3代目は今日も笹かまを手に、客の輪に飛び込む。


再起のきっかけとなった手作り笹かまぼこ「希望」をPRする佐々木さん

河北新報社 記者と駆けるインターン

2012年夏にスタートした、大学生向けの記者体験プログラム。 東日本大震災の被災地で、人に会って話を聞き、大事なポイントを見つけ、限られた字数で記事にする―。 そうした体験は、ジャーナリスト志望者のみならず、どんな職種職業にもつながる「生きる力」を養います。 このブログでは、学生の活動成果である記事と、活動中の日々の様子などを随時発信していきます。 募集告知もこちらで行います。

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