夕刊未掲載① 消えゆく町並み

神田航平(東北大3年)

菅原夏希(東北工大3年)

油屋祐輝(立命館大大学院2年)







 またひとつ古い建物がなくなった。



 仙台市青葉区広瀬町の「兵藤飴(あめ)老舗」。太白飴で親しまれた、市内で唯一のあめ専門店だ。1884(明治17)年の創業から残る木造平屋の店舗は、当時の建築様式が見て取れる貴重な建物だ。



 「以前から私の代で終わりにしようと考えていたが、予定より早まってしまった」と4代目店主の兵藤嘉夫さん(71)。



 売り上げの減少、後継者の不在などに、昨年の震災被害が重なり、ことし7月に店を閉めた。8月末には店舗の解体が始まる。100年余にわたり人々の営みを刻んできた建物が、街から消える。





【写説】間もなく解体が始まる兵藤飴老舗。市民有志が建物内の見学会を開いた=8月19日



 東日本大震災後、街が日常を取り戻す陰で、仙台の歴史的建造物が次々と姿を消している。



 「仙台には『古い建物は取り壊すもの』と考える傾向があるのではないか」。歴史的建造物の保存・再生を呼び掛けている市民団体「まち遺産ネット仙台」代表の西大立目祥子さん(56)は、現実を憂える。



 1933(昭和8)年に建てられた荒巻配水所旧管理事務所(青葉区国見)もその一つ。国登録有形文化財だったが、倒壊の恐れがあるとして、昨年秋に解体された。



 失われた文化や伝統は二度と取り戻せない。兵藤さんの住居の屋根には、瓦を加工して作られたハトの彫刻があった。そんな遊び心を生んだ繁盛の歴史も、失われてしまうのだろう。



 一方で、震災を機に価値が見直される古い建物もある。



 伝統工芸「提焼」の窯元・佐大商店(青葉区堤町)に残る1918(大正7)年築造の登り窯は、ボランティアらの手で復旧された。若林区南材木町の築230年の土蔵も修復工事が終わり、近く蔵内でのイベントを再開する。



 西大立目さんは言う。「古い建物は震災後のまちづくりに活用できるのではないか。若い人たちにも、その価値をもっと知ってもらいたい」



 今ならまだ間に合う。
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河北新報社 記者と駆けるインターン

2012年夏にスタートした、大学生向けの記者体験プログラム。 東日本大震災の被災地で、人に会って話を聞き、大事なポイントを見つけ、限られた字数で記事にする―。 そうした体験は、ジャーナリスト志望者のみならず、どんな職種職業にもつながる「生きる力」を養います。 このブログでは、学生の活動成果である記事と、活動中の日々の様子などを随時発信していきます。 募集告知もこちらで行います。

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