あめ屋再建目指し 震災語り継ぐ 東北福祉大学3年 相原里咲

「家業のあめ屋を復活させたい気持ちは確かにあります。でも、課題が多くて・・・」



 東日本大震災被災地の実情を伝える「震災語り部」高野俊伸さん(45)は、ため息混じりにつぶやいた。今年2月から、故郷の名取市閖上地区で活動する。「今日感じたことを、自分の言葉で周囲に伝えてください」。震災の風化が懸念される中、ツアー客や修学旅行生らにメッセージを託す。



 創業明治39年。100年以上続いた老舗「相馬屋菓子店」が高野さんの生家だ。祖父、父から受け継いで3代目。菓子作りの道を教えてくれた父は10年前に他界し、震災前は母と2人で店を切り盛りしてきた。津波で店舗兼自宅は全壊し、菓子作りに欠かせない道具も全て流失した。昨春からは1人、市内の仮設住宅で暮らしている。



 職を失った身に舞い込んできたのが、語り部の仕事。地元商工会の臨時職員という形で任務に当たる。震災の実相を自分の言葉で語り継ぐやりがいは大きいが、それでも菓子職人としての未練は残る。



 話があめ作りに及ぶと、言葉が自然と熱を帯びる。「時間がたったら固くなっちゃうから、すぐ丸めなきゃいけないんだよ」。工程は全て手作業。高校卒業後、30年近く歩んできた菓子作りを、そう簡単に忘れることはできない。



 震災以来、地元の人からは顔を合せるたびに「もうあめ屋はやらないの?」と声が掛かる。補助金を活用し、地元の仮設商店街で店を復活させることもできた。「たとえ店をまた開けても、あめだけで生活していくのは難しい。先々を考えると、今はまだ再建への決心がつかない」



 その一方で気持ちは揺れる。「あめ屋は閖上の味。店を自分の代で終わらせるわけにはいかない。時間はかかっても必ず閖上の地に店を再建する」。



 背負った伝統と職人としての自負。受けた支援への恩返しの思い─。いつの日か創業の地であめ作りを再開する日を夢見て、高野さんは今日も語り部として閖上の地に立つ。







名取市閖上にある日和山で長野から来たツアー客に震災前後の閖上を説明する高野さん。


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河北新報社 記者と駆けるインターン

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