まずふるさとの復興を 宮城学院女子大3年 古瀬元子

「来てくれた人にはこう言っています。『閖上で見たこと、聞いたこと、感じたことを自分の言葉で周りの人に伝えて、広めてください』と。そして『また閖上に、復興した閖上に来てほしい』と」



 名取市商工会の臨時職員、高野俊伸さん(45)は今年3月から「震災語り部」の活動を続けている。東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた、名取市閖上地区。訪れた観光客や視察団に、自身の体験を交えて被害のすさまじさを語る。被害の大きさと復興が進まない実情を知ってもらった後は、被災した商店が集まる「閖上さいかい市場」へと案内。「買い物による支援」を後押しし、地元の商工業の再興にも意を配る。



 閖上は、自らの故郷でもある。震災前は地元唯一の菓子店「相馬屋菓子店」を営んでいた。明治39年創業、100年以上の歴史を持つ老舗。高野さんは祖父の代から数えて3代目だ。店の自慢は創業以来変わらぬ味の手作りの黒飴(あめ)で、地元の人々に親しまれた。しかし津波で店舗兼自宅が全壊、営業再開のめどは立たず、現在は市内の仮設住宅に暮らしている。



 語り部の仕事にやりがいを感じる一方で、葛藤もある。

「やっぱり菓子屋をやりたいという気持ちはありますよ。ほかの菓子は無理でも、せめて飴だけはまた作りたい。でも、今再建したところで、飴だけでは食べていけない」



 伝統を自分の代で途絶えさせていいのかという焦燥と、先行きの見えない中で店を再建することへの不安に揺れる日々を送る中、高野さんは語る。

「まずは閖上の復興が先。その後だったら、店のことを考えられるかもしれない」



 閖上の復興が遅れれば、自分の復興も遅れていく。だから今は、語り部として地元の復興に携わることがやるべきことと考えている。故郷の窮状を語り続ける先にこそ、店再開の希望がある。信じることで自分を鼓舞し、高野さんは今日も、変わってしまった故郷に立つ。







名取市閖上を一望出来る日和山で震災の被害を語る高野さんと、真剣に聞き入る観光客
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河北新報社 記者と駆けるインターン

このブログは、2012年夏から2019年春まで通算19回行われた、大学生向けの記者体験プログラム「記者と駆けるインターン」の活動報告です。 2019年夏からは内容や期間が異なりますので、ご了承ください。 詳細は最新の記事をご覧ください。