「取材先に名前で呼ばれたい」現役記者の意外な本音【ジャーナリストキャンプ2016石巻・学生密着ルポ】

河北新報で記者インターンを経験した東北大4年・北村早智里が、日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)主催の『ジャーナリストキャンプ2016石巻』(4月29日〜5月1日)で参加者に密着取材しました。学生の視点から見た記者の仕事や葛藤の様子を、ルポで紹介します。


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社名でなく、名前で呼ばれる記者になりたい。現役の記者がそんな悩みを抱えているなんて、想像もしていなかった。

『ジャーナリストキャンプ2016石巻』で、参加者に密着することになった記者志望の私。でも、キャンプ挑戦者が葛藤する姿や厳しい議論を間近で見るうち、私の気持ちはだんだん揺らぎ始めた。自分なんかに、この仕事が務まるのだろうか?





「熊崎さん」と呼ばれたい


キャンプの舞台・宮城県石巻市を訪れたのは初めてだった。想像していたよりも栄えていて、おしゃれな街だ。


大学4年生の私は、就職活動真っ只中。キャンプ初日、午前中に面接を終えてから石巻へ向かった。待ち合わせ場所へ到着すると、暖かそうな恰好をした女性が目に入った。今回密着した熊崎未奈さん。熊崎さんは、地方新聞社に勤務して3年目。元々は紙面を組む整理部にいたため、取材記者としては約8ヶ月の駆け出しだ。




取材中の熊崎さん(左)


熊崎さんがキャンプに応募したのは、淡々と取材をこなす日々に疑問を抱いたからだという。取材に行けば会社名で呼ばれることが多く、「熊崎」として認識してもらえない。名前を覚えてもらえるような記事を書きたい、とキャンプ参加を決めた。


私はびっくりした。記者を志望し、就職活動をしている最中だが、現役記者がそんな思いを抱えて仕事をしているなんて、想像したことがなかったのだ。




あなたの関心は?


熊崎さんが取材テーマに選んだのは「日本酒」。彼女自身が無類の日本酒好きだそうだ。1日目は市内の酒蔵2件を訪問。順調に取材を終え、拠点であるYahoo!石巻復興ベースに戻ると、20時から参加者全員での議論が始まった。それぞれの取材の成果、記事を書くための「仮説」を発表する。トップバッターは熊崎さん。緊張の面持ちだ。


「記事のテーマは、『TPPで復興日本酒が美味しくなる』です」。


TPPの発効と日本酒を絡めることで、風化が進む震災の記事をもっと読んでもらえるのではないか、と考えたそうだ。



デスク陣の評価は軒並み高かった。だが、進行役の藤代裕之さん(JCEJ代表)から質問を投げかけられる。「あなたの関心は何ですか?」


「日本酒が好きで…」と答える熊崎さんに、「そうじゃない。もっとシンプルに」と藤代さん。熊崎さんは戸惑いの表情を見せていた。


「要するに、『うまい日本酒が飲みたい』ってことでしょ?」 その言葉に、熊崎さんが頷く。


藤代さんは続ける。「自分自身の関心を、どれだけ社会の普遍的な課題に接続できるかが大切です。関心は、シンプルであればあるほどよい。『こうするべきだ』『ああするべきだ』と正義感を振りかざしても、情報は歪みます」



「関心は何?」


キャンプの中で何度聞いたかわからない言葉だ。藤代さんやデスクが何度もこの質問を繰り返したのは、「書き手の関心が見えない記事は、読者に伝わらない」からだ。社会問題から逆算して記事を書くと、上滑りする。だからこそ、自身の関心を見失ってはならないのだという。



「伝える」というのは、分かりやすくかみ砕いて表現することだと思っていた。だが丁寧に説明しても、読まれなければ意味がない。どうすれば人に届く文章になるのか、そこまで私は考えていなかった。熊崎さんに向けられた質問に、私自身も衝撃を受けた。


 


震災報道に「面白さ」を求めるなんて


記者になりたいという思いは、大学2年の頃から抱いていた。特に、震災報道に携わりたいという気持ちが強かった。福島県で育ち、東北に根付いた人間だからこそ、感情に寄り添い、根気強く震災報道ができるのではないか。「伝え続けること」自体に意味があると思っていた。だからこそ、震災報道に「面白さ」を問うのは失礼な話だと思っていた。面白くなくても重要な話なんだから、その価値が分からないほうが悪い。事実を分かりやすく伝えたその先は、受け手が読む努力をするべきだ、と心のどこかで思っていたのだ。


でも実際は、面白くなければ読まれないのだ。当たり前のようなことだが、大きな気づきだった。




(深夜まで及んだ議論を取材する北村)




私には武器がある


自分自身から湧き上がる関心があるからこそ、書く記事にその人らしさが生まれ、「色」がついていく。「どこそこ新聞の記者が書いた記事」から「熊崎さんが書いた記事」になっていくのだ。キャンプ終了後、熊崎さんは「自分の関心事から取材することで、自分にしか書けない記事が書けるのだとわかりました。得意分野をつくり、『○○といえば熊崎』と言われるような記者を目指したいです」と話してくれた。


熊崎未奈さんという駆け出しの記者が何で悩み、苦しんでいるのかを間近で見られたこと、そして彼女に投げかけられた言葉を隣で聞いていたことは、自分がこれからどうなりたいのか考える上で、非常に貴重な経験だった。


「記者は、こんなにも多くのことを求められ、厳しい状況にあるのか。自分にできるのだろうか」。熊崎さんの姿を見て、私は正直、かなり怖気づいていた。でも、ここで怯んでいるようでは、スタートラインにも立てない。私には、記者になりたいと思った動機があり、関心がある。それが何よりの武器になることを、私は今回のキャンプで学んだのだから、頑張っていこう。今はそう思える。




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河北新報社 記者と駆けるインターン

このブログは、2012年夏から2019年春まで通算19回行われた、大学生向けの記者体験プログラム「記者と駆けるインターン」の活動報告です。 2019年夏からは内容や期間が異なりますので、ご了承ください。 詳細は最新の記事をご覧ください。