菅井光男カバン店「願いが詰まった『一生物』」
C班
宮城教育大4年 播磨凌
信州大3年 小林凜太郎
東北学院大2年 徳水璃都
宮城学院女子大1年 加藤里香
宮城教育大4年 播磨凌
信州大3年 小林凜太郎
東北学院大2年 徳水璃都
宮城学院女子大1年 加藤里香
天井まで革生地が積まれた作業場に、ダンッと刃物が革に食い込む音が響く。
大きく、太く、固い手で、迷いなく生地を裁つのは菅井光男さん(85)。
この道70年、革製かばんの制作と修理一筋に生きてきた。
大きく、太く、固い手で、迷いなく生地を裁つのは菅井光男さん(85)。
この道70年、革製かばんの制作と修理一筋に生きてきた。
仙台市青葉区大町の「菅井光男カバン店」は創業147年の老舗。
4代目の菅井さんは、「一生物のかばんを作る自信があるよ」と胸を張る。
使う糸はナイロン製よりも丈夫で高価な麻糸。
革にはふのりを塗ってけば立ちを防ぐ。
出来上がりに納得しなければ、一から作り直した。
丁寧に仕上げることから、地元タクシー運転手の小銭入れや、
植木職人のハサミ入れなど、プロが使う道具の依頼も多い。
4代目の菅井さんは、「一生物のかばんを作る自信があるよ」と胸を張る。
使う糸はナイロン製よりも丈夫で高価な麻糸。
革にはふのりを塗ってけば立ちを防ぐ。
出来上がりに納得しなければ、一から作り直した。
丁寧に仕上げることから、地元タクシー運転手の小銭入れや、
植木職人のハサミ入れなど、プロが使う道具の依頼も多い。
【制作したかばんを手にする菅井さん。手前には愛用の目打ち=仙台市青葉区大町】
終戦直前の15歳のときに店を継いだ。
物を大切にし、おさがりが当たり前だった時代で、
ランドセルやトランクの修理依頼は1日に10件以上もあった。
高度経済成長期の1960年代になると、安くても7万円するランドセルの制作依頼が増えた。
多い月で15件もの注文が舞い込み、「次男のランドセルを作る余裕もなかったよ」と振り返る。
丈夫さにこだわったランドセルを、
親・子・孫の3世代にわたり背負い続けてくれた人も少なくなかった。
物を大切にし、おさがりが当たり前だった時代で、
ランドセルやトランクの修理依頼は1日に10件以上もあった。
高度経済成長期の1960年代になると、安くても7万円するランドセルの制作依頼が増えた。
多い月で15件もの注文が舞い込み、「次男のランドセルを作る余裕もなかったよ」と振り返る。
丈夫さにこだわったランドセルを、
親・子・孫の3世代にわたり背負い続けてくれた人も少なくなかった。
5、6年前から制作や修理の仕事が減り、
4年前の東日本大震災が追い打ちをかけた。
「みんな生活でいっぱいいっぱいだから、物に高いお金をかけらんないんでねぇの」と残念がる。
今や修理は1日1件、制作の依頼は月に1件程度だ。
4年前の東日本大震災が追い打ちをかけた。
「みんな生活でいっぱいいっぱいだから、物に高いお金をかけらんないんでねぇの」と残念がる。
今や修理は1日1件、制作の依頼は月に1件程度だ。
仕事が少なく、継がせても苦労させるという思いから、弟子はとらなかった。
自分の代で店の看板を下ろすが、「お客さんのために死ぬまでやるよ」と意気軒高だ。
使い込んだかばんの修理を依頼されると、「直しがいがある」と目を細めた。
自分の代で店の看板を下ろすが、「お客さんのために死ぬまでやるよ」と意気軒高だ。
使い込んだかばんの修理を依頼されると、「直しがいがある」と目を細めた。
先代から引き継いだ道具の「目打ち」を今でも愛用している。
「物を大切にすることは、物に込められた思いを大切にすること。
『おさがり』することに誇りを持ってほしいねぇ」。
職人の願いは、手掛けたかばんに詰められている。
「物を大切にすることは、物に込められた思いを大切にすること。
『おさがり』することに誇りを持ってほしいねぇ」。
職人の願いは、手掛けたかばんに詰められている。
(了)
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